3度目の悪性リンパ腫 ~闘病日記~

病名『悪性リンパ腫 非ホジキン型 びまん性 大細胞型 B細胞性 リンパ腫』 1度目の悪性リンパ腫は19歳。2度目は29歳。現在は39歳で3度目の悪性リンパ腫の闘病日記を記しています。 また過去の記録として2006年4月生まれの長女ほのちゃんの妊娠中~子育て日記、ワンコ日記も多々もあります♪

2016/09/27 [Tue]

day+26、入院生活を通して今、思うこと




3度目の悪性リンパ腫…

告知は2016年、5月中旬の事でした。


今回、病気が判るしばらく前から、
わたしはとても疲れていました。

特に去年の6月に高熱が出て、
冬場は寝汗もひどく、全身の着替えを必要とするほどで(病気の症状のひとつ)、
体調もそうですが、心理面も色々なことがあってひどいものでした。


口に出して
『疲れた。つらい。悲しい。苦しい。嫌だ。』とたくさん言っていました。

そしたら、神様がその言葉をもっと言いたくなるような現象、、
つまり長期の入院を用意してくれました。

神様は決して嫌がらせをしたわけではなく、
わたしが
『疲れた。つらい。悲しい。苦しい。嫌だ。』とばかり言っていたから、
こういう言葉がこの人は好きなんだ、と思われたのだと思います。


だから、『ありがとう』ってたくさん言えば、
神様は『この人はありがとう、って言葉が好きなんだな〜』と考えてくださって、
『ありがとう』と言いたくなるような現状を用意してくださったのかな、、


治療は順調に進んでいきました。



輸血はトータルでたったの3回だけでしたし、
特に血小板は優秀でぐんぐん数値を伸ばしてくれました。


何度か発熱しても、抗生剤の点滴が効果てきめんで1時間後にはすぐに熱が下がりました。


また、
移植前の退院〜再入院期間は、頼んだわけではないのにホノカの夏休み中に見事にかぶり11泊もさせて頂くことも出来、絶好のコンディションで移植のための再入院が出来ました。


有難くて感謝できることばかり。


辛くて悲しくてどうしようもない現状があったとしても、感謝できることはいくらでもあるって分かりました。


そして、
感謝できることがわたしを幸せにしてくれました。





入院前、

『心配しないで。』
『大丈夫だから。』
『病気には負けないから。』
『わたしは生命力が強いから。』

このような言葉を友人知人、教え子たち、保護者の皆様に言っていましたが、
これは今思うと自己暗示で、こういった言葉を言っていないと、
わたし自身がもろく簡単に崩れていったのかもしれません。


実際のところ、お医者様から移植を勧められて拒否される患者さんもいたり、
人格が変わってしまう患者さんも目の当たりにしましたし、

病院においてある移植患者さんの手記には『毎日が我慢の連続』と書いてあるのも拝見しました。

発熱して抗生剤の点滴が効かずにぐったりされている患者さんも毎日のように見ていました。


それくらい一般的にはキツイ治療で強いストレスもある治療なのだと思います。





友だちはわたしのことを
『け〜ちゃん、強いね。わたしも見習わないと!』

『前向きですごいね。』

と言ってくれたけれど、本当は違うのです。

入院前はわたしも自分のことを強いと勘違いしていて、
けんちゃんにも『忙しいだろうし、病院に来てもらうのは必要最小限でいいよ。』
と言っていました。


自分1人で病気を乗り越えられると思っていました。


しかし、救援化学療法(サルベージ療法)の2回目の入院前に車内で色々なことを話しました。

なぜだか分かりませんが、急に心の底にある色々なことを話したくなったのです。


それから、治療の中での体調の変化や心の動き、病院内での不安や困ったこと、、

なんでもけんちゃんに話しました。


その度に『うん、そうだね。』と言ってくれて、いつも真剣にわたしの話を聞いてくれました。


【わたしは弱いから家族に寄り添ってもらって、はじめて生きることが出来る】

と気付いたのです。





6/24の日記より

『俺は恵子のためなら死ねる。』

って本気の愛を言葉にしてわたしに伝えてくれて、
わたしを支えてくれるんだもの。


だから、病気なんて全然辛くないの。

治療なんて全然辛くないの。



…こう書いてありました。



そして、それからは、
体の辛さも心の辛さもけんちゃんが半分もらってくれました。


科学的にはそんなことはない!と思われるでしょうが、わたしは心の底からそう感じています。


確かにキツいと感じた事もあったけれど、移植のための入院期間中は我慢なんてこれっぽっちもしていませんし、
辛いなあ、と感じたこともなかったですし、
とても穏やかに時間が流れていってくれたように思います。


とても、とても優しい時間でした。


また、わたしがわたしらしさを取り戻した入院生活でした。






7月6日の日記にはこう書いてありました。

『19歳の時、はじめて病気になって、、
でも20歳でけんちゃんと出逢えた。

29歳の時、ほのかが誕生して、
2度めの病気になった。

39歳の今は、いろいろな大切な事に気がつく事が出来はじめているよ。

ちゃんと前後に素晴らしい出来事があったから、
わたしは病気になって良かったよ。


…と書いてありました。



病気を患ってしまったけれど、ちゃんと前後に幸せで素晴らしいことがあったのですから、わたしはすごーくすごーく幸せ者なのです。


他の誰でもないわたしが病気で心から良かった、と思いました。



今、入院生活を終えてみて、

39歳は【家族の絆が深まった】事が
“幸せで素晴らしい事”だと感じています。


あかちゃんだと思っていたホノカもすっかりお姉さんになっていて、

『ママのこと、応援する。』と約束してくれ、

『病院のごはんは美味しそうだなぁ。いいなぁ。』

『富士山みたいに空気が綺麗なお部屋なんだね。いいなぁ。』


長期入院する人に『いいなぁ。』って言ってくれたのはホノカだけで、ホノカなりの励まし方にわたしは胸を打たれました。


10歳のホノカ。


母親不在の生活に最初はわたしも心配したし、ホノカも寂しかったかもしれないけれど、とても一生懸命に毎日を過ごしてくれたと思います。

ありがとね、ほのちゃん。


今日、わたしはすべての治療を終え、家族の元へ帰ります。


待っててくれてありがとうね。


わたしの帰りを待っててくれる人が居るから穏やかで優しい時間を病院で過ごせたんだね。



明後日…9月29日は結婚記念日。

13年目だよね。

レース婚なんだって。

レースには「さらに深く綾なす愛」という意味がこめられているそうです。

今日が退院日で本当に嬉しいな〜。







わたしの長期生存率は30〜40パーセントです。

治療に入る前は40〜50パーセントでしたが、移植前のPETで腫瘍部分にごくわずかに集積疑いがあり、10パーセント下がりました。


ですが、わたしは今回の治療にとても満足しています。


治療拒否をしていたら、わたしの余命は月単位だったのですから。



死についても考えました。

わたしが死ぬ時、家族も友だちもきっと悲しい気持ちにさせてしまうだろうな、、、

だけど、

【悲しいけれど、温かな気持ち】

を残してあげられるような生き方をこれからはしたい。

寿命がどれくらいあるのかは分からないけれど、
人生の最後の言葉は『ありがとう』で締めくくりたい。

わたしからも。
家族からも。
友達からも。


こういう生き方を必ずするからね。



病院では、先生、看護師さん、スタッフの皆さんの温かさに何度も助けられました。

主治医の先生の瞳の奥にある優しさが大好きになりました。
すっかりファンです。


的確で、丁寧な医療と
家族のように温かい看護が受けられた事に感謝の気持ちでいっぱいです。


本当は根性なしでワガママなわたしなのに、
スタッフの皆さんのおかげで最後まで治療と向きあう事が出来、元気に自宅に戻れる事がとても嬉しいです。

本当にありがとうございました。






長くに渡り、ブログをお読み頂いた皆さん、ありがとう。

祈ってくださった皆さん、ありがとう。

応援してくださった皆さん、ありがとう。


本当にありがとうございました。
心よりお礼申し上げます。





ランキングに参加してからは訪問者数もびっくりするほど増え、
同じ病気の方からメールフォームを使ってメッセージを頂いたこともありました。


同じ病を患っている方やご家族様に多く見ていただいたのでしょうか。


本来、おしゃべり好きなわたしですから、またコメント欄を開けてみようかな、とも思ったのですが、結果的に静かに病気と向き合えたので、このままコメント欄は閉じさせてください。



病院では多くの患者さんと交流させて頂きました。

仲良くしてくださった皆さん、ありがとうございました。



病気療養中の皆様のご快復を心よりお祈りいたします。



それから、
仕事関係の生徒さん、保護者の皆様、
この度はご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。





さて、
今後は外来のある日くらいは、ブログを書きたいな、と思っていますが、書けるかなぁ^^;!?


真面目な患者から、一気に面倒くさがりのわたしになりそうな気もしますが、
治療前より心身ともにずいぶん元気になっていますので、更新がなかったら、
『ああ、この人、実は面倒くさがりなんだ』
『おうち生活を楽しんでいるんだ』と思っていただけたら幸いです。





それでは、皆さん、

ありがとうございました‼︎

またね‼︎






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今日もあなたの勇気と優しさをありがとう。








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プロフィール

け~

Author:け~
ブログのタイトル通り、悪性リンパ腫を3度、患いました。

19歳で右胸に腫瘍。オペ→放射線治療。

出産後すぐの29歳で授乳していた左胸に腫瘍。
化学療法CHOPとリツキサン→放射線治療。

39歳、右下肢に腫瘍。
2016年6月1日から9月27日まで入院し、
救援化学療法のESHAP療法+リツキサンを3クール
→大量化学療法+自家移植→放射線治療をしました。


病気から大切なことに気づき、
多くの事を学び、治療のことだけでなく、心理面での動きもたくさん書いてあります。

1週間、1日、1時間で、
体調や感情が大きく変わることがありました。
時々、ブログも全部消してしまいたい衝動にかられることもありましたが、退院日まで綴ることが出来て良かったです。

コメントは現在、受け付けない設定ですm(_ _)m



ブログの旧タイトルは「コーギーとほのちのブログ」でしたが、
現在は闘病日記が主になりましたので、タイトルの変更をしました。

コーギーに興味のある方はリンクの「ぼく、しおん。」(放置中)をどうぞご覧下さいね!

ここちゃん、いくつになったの?

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